大学演劇部合同公演で幕を開けた“ぽんプラザホール10周年記念 福岡・九州地域演劇祭”。公演企画第2弾は、福岡で活躍する演劇人が集結して、W.シェイクスピアの「夏の夜の夢」を上演。祝祭性にあふれ、まさに“演劇祭”のメインにふさわしい作品に仕上がっていた。
劇場に入ると、2階にベランダのある白い建物の装置。シェイクスピア時代の舞台を彷彿とさせる。そこへ3人の職人たちがにぎやかに入ってきて、前説に続く一本の手拍子で鮮やかに芝居が始まる。今回の公演の楽しみの一つはそのキャスティングだけれど、職人チームは福岡のコメディエンヌたちが中心で、客席を一気に劇世界へと引き込む。
公爵の屋敷から場面が変わると、両側にあった階段が移動し、白い建物が鬱蒼とした森の中になっていた。びっくり!舞台美術と小道具は福岡が誇る舞台制作集団・兄弟船の中島信和によるもの。悪戯者の妖精パックが、ボトムにかぶせるロバの頭は、役者の顔がちゃんと見えるように作られていて、とてもかわいらしい。
後藤香の演出は、いくつもの男女の恋模様に焦点が当てられていた。恋する者同士が結ばれることが理想だけれど、恋焦がれる相手から愛されるとは限らず、だからと言って2人から同時に愛されても単純に喜べない。さっきまで好きだと言ってくれた人が急に心変わりすることもあるし、見た目が醜い相手に惚れこんでしまうこともある。なんとも恋愛はムズカシイ。こんな、理性では如何ともしがたい恋愛にかかわる諸々は、すべて悪戯好きの妖精の仕業かもしれない。それはまさに夏の夜に繰り広げられる恋のお祭り騒ぎ。
森に迷い込む男女4人の恋人チームは美男美女ぞろい。中でもヘレナ(原岡梨絵子)が切ない。表情がくるくる変わり、ディミートリアスを追いかける様子はまさに“犬”みたい。
福岡の怪優!?を集めた妖精チーム。衣装やメイクも一層華やかに、愉快な歌やせりふ回しで、幻想的な妖精の世界が表現されていた。
物語は、妖精王と女王の仲直り、2組のカップル誕生、そして公爵の結婚式で、にぎやかに大団円を迎える。さらに、役者たちが観客へ感謝の意を述べて、お祭り騒ぎの“夏の夜の夢”は一本の手拍子で覚め、芝居は終わる。幕切れも鮮やかだ。
上演台本は、まともにやれば3時間以上となるシェイクスピアの戯曲を、わかりやすく2時間足らずにまとめ、しかも出演する20名以上の役者それぞれにちゃんとせりふがあるようにと腐心して脚色されていた。今後の活躍が期待される若手作家・川口大樹にとっても、脚色作業はよい経験になったのではないかと思う。
鳥のさえずりともや靄に包まれた森の中に、白い屋敷が立つ。遠くに見えるペーパークラフト調の町並みがきれいだ。3人の職工が現れ、面白くおしゃべりをしながら物語へと導くが、口上の最後に観客に一本締めの協力を頼む。舞台上の3人と観客全員とが「よォーッ、ポン!」と手を叩くと同時に暗転。舞台が始まる。
九州・福岡演劇祭の企画として、福岡で活動する俳優・スタッフが所属を越えて集まり創り上げたプロデュース公演。シェイクスピア作品を、設定は原作に忠実に、セリフやテンポは現代的にうまく脚色。わかりやすく楽しい元気な舞台に仕上がっていた(脚色:川口大樹)
まず目を奪われたのが衣裳である(白浜佳月永)。すべて手作りのように見えたが、豪華で美しく、デザインや色、細部へのこだわり、役柄によるバランスも計算されてある。福岡の小劇団公演でここまでクオリティの高い衣裳を見たことがなかったので驚いた。他にも、よくできた小道具(中島信和)やメイク(橋本理沙)、幻想的で美しい照明(荒巻久登)など、堅実なスタッフワークが作品を充分に支える。
役者陣はどの人も魅力的で演技力にも不安がない。最も印象的だったのは、妖精の王妃タイターニア(濱崎留衣)。アメリカコメディー映画の奥様を見ているようで、貫禄がありながらもかわいらしかった。最も有名な役と言える妖精パック(杉山英美)は、ハツラツさが良かったがずいぶんしっかり者の印象。あまりいたずら好きな感じがしなかった。また、恋人たちのうち男性2人(林雄大、大澤鉄平)の美男ぶりには、登場からハッとさせられたほど。町の職工を演じた6人は、そのうち3人が女優でたいへん芸達者ではあったけれども、あれは全員男優の方が良かったのでは。
実力と魅力が備わったメンバーが集結したからこその充実した舞台だったが、このような企画が定期的にあったらと思った。この企画に出ることが、役者にとって栄誉やステイタスだというレベルになり、これを目指して役者たちが研鑽を積むようになったらいい。参加できればふだん自分たちの劇団ではできないような舞台を創れるし、異劇団のメンバーとのジャンル・年齢・経験を越えた交流と刺激を得ることができる。それが役者たちの意識を高め、実力を育てていくはずだ。実際今回の舞台を見て、次回またあったら自分も出たいと思った役者は多いのではないだろうか。作品も有名な古典を選んだことで、幅広い観客にも楽しんでもらえただろう。若い演劇人に、古典や名作に取り組む場を与えるのも非常に意義のあることだと思う。このような企画の今後の継続と発展を、一観客としても期待したい。
舞台のラスト、役者が全員登場して「お気に召さずばただ夢を、見たと思ってお許しを」という有名な口上を述べると、一気にシェイクスピアの香りが漂う。その直後、「よォーッ」と一本締めの構え。観客全員が忘れずに一緒に手を叩き、舞台はそのクラップとともにフッと消えてしまった。朝になり夢が終わるように、幸せで華やかな余韻を残して。
今回は九編の応募がありました。選者としてていねいに読みましたが、優秀作を一つに絞るのが難しく、結局、事務局の了解を得て、SUNCHILDさんと村山雅子さんの二編を同位の優秀作として選びました。
SUNCHILDさんの文章は全体にバランスが取れた劇評です。物語の流れ、演出の特色、舞台装置の形と動きに触れ、演技にも言及しています。ただし、ヒポリタのせりふを大幅に書き足し、彼女を自己主張する女性(原作とは大きく違う)に変化させた川口大樹さんの脚色の趣向に触れていないのは残念です。
有名な古典劇の劇評をする際は、原作を読み、舞台と原作の違いを知った上で劇評を書くという手間をかけてほしいと思います。
村山さんの文章は、内容的により突っ込んだ劇評です。衣裳に詳しく触れ、俳優たちの演技を論じ、部分的に批判も加えています。今回の公演の意義をきちんと語っているのも評価できます。ヒポリタの人物像の変化については具体的に触れていませんが、「セリフやテンポは現代的にうまく脚色」という表現がそれを暗示しているのかもしれません。ただし、この劇評の弱点は、舞台作りの中心である「演出」にまったく触れていないことです(文中に演出家・後藤香さんの名前も出てきません)。
という訳で、二つの劇評はどれも一長一短です。このため、あえて二つの劇評を同位としました。
この二編以外では、武藤美佐子さんの劇評が心に残りました。