平成16年9月札幌に行く機会があり、札幌の演劇関係者からいろいろ話を聞く機会を持つことが出来た。以下はヒアリング内容のレポートである。
先方の話を聞き間違っていることもあるかも知れない。公表する以上はそれなりの信頼性が必要なものだが、100%でないからといって公表しないよりも、公表した方にメリットがあると思い、福岡から見た札幌の演劇状況についてまとめてみた。
学者ではないので、正式な調査はほとんどしていないが、それでもおおざっぱなところでは把握できていると思うので、以下好意的に解釈の上ご高覧ありたい。
なお、札幌のステージサポートNAISの西本氏から、札幌の現状についてのレポートが寄せられており、そちらをご一読の上で、こちらのレポートに目を通していただければ幸いだ。数字等で食い違いもある。西本氏のレポートの方が信頼性が高いと思われるが、そのままにしておくので、どちらを採用するかは読んだ方が判断していただきたい。
人口 福岡市
138万人余(H15)
福岡都市圏 229万人余(H15)
札幌市 186万人余(H15)
面積 福岡市 約340平方キロ
福岡都市圏 約1,169平方キロ
札幌市 約1,121平方キロ
福岡都市圏(8市12町1村)と札幌市で比較した場合、面積はほぼ同じであり、人口は約40万人福岡都市圏が上回っている。札幌には近接した大都市はないが、福岡市には北九州市、久留米市など1時間圏内に大都市がある。福岡と札幌はそれぞれの島(九州・北海道)の中心的な都市といえる。
参考:http://island-city.net/business/location/location_1.html、札幌市の概況2004(札幌市発行)
福岡市 4年生大学12 短期大学10 学生数83,397
札幌市 4年生大学11 短期大学9 学生数58,498
劇団旗揚げの大きな母体となる、大学の比較。大学の数はほとんど一緒だ。学生の数は福岡が約25,000人ほど多い。
ユニットや旗揚げ公演を行ったもののその後の活動状況の不明な団体もあり、正確な数の把握は難しく、人によってあげる数字には幅がある。福岡市は80〜100、札幌市は100〜120といったところのようである。札幌の方が劇団数は多いようだ。ここ5,6年で2倍近く団体数が増えているようである。
札幌の最近の傾向として、役者の大半が客演であるとか、自分の団体をもちながら複数の団体で活動している人が多いとのことで、同様の状況は福岡でも見ることが出来る。
札幌の小劇場系の劇団でTOPグループに位置するのはNACSとイナダ組。この二つがTOPグループに位置するということは、札幌の多くの演劇関係者が意見の一致を見るようだ。NACSは公演規模にもよるが20000人近くの動員を行うこともあるとのこと。イナダ組も公演規模に左右されるが、10000人の動員を行うこともあるとのこと。
福岡ではギンギラ太陽'sがリーディングカンパニーとしてあげられるが、動員はイナダ組の半分に至っていない。
イナダ組は、イナダ氏がプロデュース公演の形で活動を開始したことにはじまる。NACSは北海学園演劇部出身者によるユニット結成にはじまる。(1996年のNACSの結成解散公演は、イナダ組プロデュースとなっている。1997年にNACSは復活公演)
両団体とも、エンターテイメントを指向した劇作を行っているようだ。ナイロン・ピスタチオ・キャラメルボックスのような公演内容とのこと。NACSは2005年5月に九州公演を予定しているので、ぜひ見に行きたい。
イナダ組もNACSもレギュラーメンバーである役者を中心に配役されている。(イナダ組14名・NACS5名)経験のある役者が多く、TOPグループに出演している役者のレベルは、おしなべてそれに続くグループの役者のレベルとは格差があるようだ。(平均の話で、個人差は当然あると思われる)
NACSのメンバー5人は全て北海学園演劇部出身であり、5人のうち3人がイナダ組にも名を連ね、個人レベルでの交流は活発と思われるが、団体としては一定の距離を置いた関係性であるとのこと。
もちろん公演のレベルが高いことはいうまでもないが、もっとも他都市と違うものとしては、役者のテレビへの出演が多いことがあげられる。(タレント活動と舞台を両立するのも大変なことだと思う)NACSのメンバーはほとんどすべてがレギュラー番組を持っているとのことであり、NACSのメンバーをテレビで見ない日はないとまでいわれている。テレビによる宣伝効果により、他都市の小劇場演劇では考えられない動員につながっているというのがもっとも大きな要素だろう。(それ以外にも多くの要素があることが、現在の盛況につながっていることは想像に難くない。)
中でも大泉洋の知名度は北海道の若い層にはきわめて高く、どの程度知られているのか聞くと人によって幅があるが「北海道で知らない人はいない」というものから「石を投げれば大泉洋を知っている人に当たる」というものまである。いずれにしてもローカルタレントとしては福岡には存在しないレベルでの人気の高さのようだ(最近、大泉氏は全国の番組に出ているとのこと)。彼の非凡なタレント性の高さは、動員のキーポイントの一つと捉えていいようだ。
両劇団とも年に何度も頻繁に公演を打っているというわけでない。旗揚げからこれまでの経緯を見ると、平均年1〜2回となっており、頻繁な公演が動員増に必須であるというわけではないようだ。
両劇団が制作的に何か特殊なことをしたか?という質問にはこれといって目立った回答は得られなかった。
両団体の団体としての露出活動には違いがあり、NACSは事務所に所属しており、テレビでの露出が多いが、イナダ組は団体としてはマスメディア等での活動は行っていないとのこと。
NACSメンバーのテレビでの活躍の経緯についてはOOPARTS鈴井氏の名前を外して語ることができないようだ。鈴井氏はローカルのテレビタレントでもあり、公演活動も行っていたが、この人の活動により、地元演劇人がローカル番組への出演の機会ができていったとのことである。NACSのメンバーがテレビタレントとしての実力を備えていたということも、大きな要素だ。
福岡でも公演活動を行いながら、タレント活動をしている人材もいるが、そこまでの流れには至っていない。(彼らがそれを志向しているかどうかわからないので、それがいいこともわるいこととも言えないが)
最も近いといえる例としては、ショーマンシップの仲谷一志氏・あんみつ姫(無限塾)・福田健二氏の公演活動があげられるかも知れない。
このグループにどの団体が入るかというのは人によって評価が分かれるところであるが、TPS・SKG・清水企画・千年王國・HAPP・g-ViRUSSの団体があげられるようだ。
このグループは、それぞれが600〜1200程度の動員を行う。このレベルの団体が多くあり、芝居の方向性もバリエーションがあるということは、演劇の状況としては実に好環境にあると言える。
TOPグループに続く団体をどの層にとるかは難しいところだが、このグループに属する団体の数や動員は福岡より多いと思われる。
TOPグループによる、波及効果ががでていることも考えられる。また千年王國はリージョナルシアターでの公演も行っている。(福岡県内では飛ぶ劇場がリージョナルシアターの公演を行っている。)
小劇場系の劇場で利用が多い代表的な小劇場は3つ。BLOCH(民間運営)・パトス(公設、NPO運営)・ZOO(財団運営)があげられる。キャパはいずれも100〜150といったところ。どのホールも新しいとは言えないが、雰囲気があり、ハードの制約はあるもののその制約の中で、最大限の使い勝手を実現していそうなホールであった。
福岡で中心部とされるところを 天神・博多座・博多駅のトライアングルと捉えると、その中に小劇場系の公演が可能なホールとして
・ぽんプラザホール
・あじびホール
・NTT夢天神がある。
これに対して札幌では、JR札幌駅から1キロほど南にある「大通駅」の半径約1キロ位が、これにあたるものと思われる。札幌の3つの劇場でかろうじてBLOCHだけはこのエリアに引っかかるが、ほかの二つのホールはこのエリアの中にはない。ZOOは福岡でいえば、平尾か高宮あたりに位置するし、パトスは西新あたりに位置する(パトスは地下鉄駅施設内にホールがあるというおもしろい構造)。
キャパ200以上の札幌の劇場としては、イナダ組やNACSが公演としてよく使う、道新ホール(600)などがあげられる。これは上記の札幌中心部に位置している。
キャパが100前後で、演劇公演の行われるホールを比較してみる
(日曜の料金で比較、ぽんプラザホールの場合は本番公演2回で計算)
福岡
ぽんプラザホール 約36,000円(機材・電気料金含む)キャパ108
あじびホール 76,800円(機材・電気料金含む) キャパ120
アクロス円形ホール 65,000円(機材別) キャパ 100
甘棠館Show劇場 27,500円(機材含む) キャパ80
札幌
BLOCH 63,000円(機材含む 電気料金別) キャパ120
パトス 55,000円(機材含む)キャパ150
ZOO 63,000円(機材含む 電気料金別)キャパ100
平日料金や、仕込料金や、複数日割引などがあるので単純に比較できないが、甘棠館Show劇場は都心から外れた所にあることを考えると、ぽんプラザホールの料金の安さが目を引く。
手軽に公演を打つという意味では、福岡は恵まれた環境にあるといえる。しかしながらぽんプラザホールの料金が安すぎるため、次のステップへの段差が高くなりすぎている。そのためか、劇場のステップアップの階段を上れる団体が少ないという状況にもなっている(これは贅沢な文句だが)。次のステップとしてはNTT夢天神(キャパ250 115,000円(機材別))を想定している。好き勝手なことを言えば、ベストホールが4日間込み込みで30万円台にならないだろうかと思うが、これはまた別の機会にしたいと思う。
ぽんプラザホールは完全に演劇専用としてつくられており、さらに料金も格安のため、あじびホールやアクロス円形との棲み分けができたというより、一方的に演劇公演を吸い上げたような形になっている。
たとえば、あじびホールやアクロス円形ホールがぽんプラザホールと同程度の料金になれば、ホールの特性によって、公演場所を決めるということができるだろう。これについてもまた別の機会に触れたいと思う。
札幌ではここ数年、諸処の事情によるホールの廃止等の経緯がある。2000年まではマリアテアトロ(旧:本多小劇場)がもっとも基幹的な劇場の役割を果たしていたようである。このホールはキャパ250席で立地もよく(立地やキャパで言うとNTT夢天神に近い。札幌の場合上述のように、都心に劇場が少ないため、その役割ははるかに大きかったことが創造される。)このようなホールがなくなったことは、札幌演劇にとっては大きな損失といえよう。
このホールの閉鎖の時に、行われた座談会を一冊にまとめた冊子がある(250席の永遠:札幌の劇場を考える会 ぽんプラザホール2階で公開)これを読むと、マリアテアトロがいかに重要なホールであったかわかる。またホール閉鎖に伴って、このような形で(行政や商業手動ではなく)資料として残せるだけの、横のつながりや人材があったことについては、低く評価することが出来ない。
マリアテアトロの他にもコンカリーニョという劇場も無くなっており、現在その再建活動を行っているNPO法人があり、今後の成果に注目したい。
現在札幌でもっとも小劇場系の劇団の公演が多いのはBLOCH(ブロック)であるが、これまでのスケジュールを見たところ、平日の稼働率はぽんプラザホールと比較して高い。数年前に2,3の平日公演をやった劇団があり、動員については、週末と大差ないのだ。という現実が知識として広まっていったのではないかとのこと。
またBLOCHは平日と週末(土日含む)で利用料金の差があり、さらに3日間連続使用の割引制度があるが、それについても平日と週末で利用料金の差がある。
旗揚げ公演にも多く使われるBLOCHであるが、その利用料金は前述のようになっており、福岡でもっとも小劇場系の劇団の公演が多いぽんプラザホールとは料金において雲泥の差がある。
小劇場の照明を頼めるような、照明家は何人くらいいるか聞いたところ、10人くらいではないかという答えがあった。福岡では6,7人と言ったところだろうか。
札幌の旗揚げ劇団の相場は800-1000円くらいのようだ。中堅劇団になると1500-2000円。topグループになると2500-3500円ぐらいのようだ福岡では旗揚げ劇団でも1500円を設定するが、それ以外は概ね同じような水準にあるようだ。
福岡のパピオビールーム・市民会館会議室にあたる公共の練習場は、札幌にはない。札幌の環境で練習場がないことが一番の問題であるという人もいる。区民センターや学校開放の教室などが主な練習場所とのこと。
公共の練習場がないせいか、自前の練習場を持つ劇団が10ほどあるとのこと。
自前の練習場を持つことは芝居のレベルアップにつながると個人的に考えるが、公共の練習場がないことが、自前の練習場につながり逆説的に公演のレベルを押し上げる効果があるかも知れない。
福岡では南区にも、公共の練習場が出来る予定であり、練習場の環境ということであれば、全国屈指の環境といえる。
筆者は福岡で劇団が増えてきたきっかけを、パピオビールームの開設(平成3年)と捉えていたが、札幌の状況を見ると、必ずしもそうとは言えないようだ。イナダ組やNACSの活躍をみて、劇団が増えていったのではないかという意見を聞いたが、「先駆者の存在」の方が要素として大きいかも知れない。福岡でも高校を卒業して旗揚げした風三等星(旗揚げ平成元年。他にも同時期に活動していた幻想舞台(解散)・K2T3などがあげられる)以降に劇団が増えていったという事実がある。
札幌ではタウン情報誌の休刊が相次ぎ、地元公演の情報を網羅した情報誌は現在ないとのこと。福岡では「シティ情報ふくおか」が一貫して地元団体の公演情報を取り扱っており、その網羅度も高い。ちなみにWalkerは札幌でも地元団体の公演情報はあまりないとのこと。
また福岡のサイトでは「e-fukuoka(シティ情報が運営)」に公演の情報が集まっており、その網羅度はかなり高い。ここに掲載されていない公演については、内輪公演と断じてもさしたる誤差はないほどだ。さらに「FPAPサイト」にも公演の情報が集まりつつある。札幌でこれらのサイトにあたるものとしては、「札幌江別近郊演劇情報SaEKin」があった。かなり充実したサイトであったが、現在は更新休止となっている。SaEKinの休止後の注目サイトとしては「札幌演劇navi」があげられるが、公演情報の網羅度については今後の課題となっているようだ。
札幌では劇団の出身大学を中心とした複数の団体での相互交流や、それに準じた複数団体での相互交流はあるが、横断的な横のつながりはないとのこと。マリアテアトロの閉館時や、NPO法人コンカリーニョの劇場再建運動や、遊戯祭という演劇祭が以前あったことを考えると、少し意外な気がする。
福岡には以前RTUという横のつながりがあったが、どの劇団も自団体の活動を優先せざるを得ず、運営が難しくなり5年ほどで解散に至ったという経歴がある。
いろんな点で相似点のある福岡と札幌だが、環境(人口・劇場・練習場・情報)という面では、福岡が恵まれているという結論は動かないだろう。しかしながらどちらがより演劇状況が盛り上がっているかと問われれば、現状では札幌であるとかしか自分には答えられない。そして札幌が盛り上がっている理由は、行政から与えられた環境によるものではなく、地元の演劇人が自らつかみ取ったものであるように感じられる。
多くの札幌の演劇人が「札幌では一般市民に地元の演劇が広まっていない」と捉えているようである。福岡からその発言を聞くと、「それだけ動員する劇団があるのだからそんなことはない。」とツッコミたくなるが、地元の人の正直な感想だろう。人によっては「札幌はダメだ」という人もあったが、それについても同様のツッコミが成立する。地元の演劇に愛着があるゆえの言動だろう。
自分は札幌を地元演劇の先進地と捉えていたが、その評価は変わることがない。
またその実力を聞くに及んで、福岡の地にある希望を持つことが出来た。札幌の演劇状況が福岡で実現する可能性はあると。
今回の札幌行きにあたっては多くの人にお話を聞くことができ感謝に堪えない。
中でも、突然の依頼を快く引き受けていただき、多くの人に引き合わせていただいたふとがみ氏には一層の感謝を禁じ得ない。
札幌にいる間、カニとジンギスカンを食べ、札幌ラーメンに至っては毎日食べた。いずれもたいへんおいしかったのであるが、ラーメンについては、やはり福岡の方が自分は好きだ。以上。
TEAM-NACSについて
http://www12.ocn.ne.jp/~himadre/aboutnacs.htm
TEAM-NACS動員の経緯
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Stage/2661/nacs.html
イナダのはらわた(新聞への連載)
http://www.kita-nikkan.co.jp/cindex/inada-rensai.html
劇団イナダ組
http://www.inadagumi.net/
SaEKin
http://homepage3.nifty.com/MGHJ/STAGE/
NPO法人コンカリーニョ
http://www.concarino.or.jp/
札幌演劇navi
http://sapporo.cool.ne.jp/gekinavi/
演劇専用劇場BLOCH
http://www.mc.megafit.net/~bloch/
SaEKin ふとがみ様 (http://homepage3.nifty.com/MGHJ/STAGE/)
NPO法人コンカリーニョ理事長 斉藤ちず様 (http://www.concarino.or.jp/)
ステージサポートNAIS 西本様 たわごと様 (http://sapporo.cool.ne.jp/gekinavi/)
演劇専用劇場BLOCH 和田様 前田様 (http://www.mc.megafit.net/~bloch/)
ありがとうございました。
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