そんな彼が、ある日繁華街で拾った客は
中学生の頃に恋焦がれた女性だった―
隣のクラスで口をきいたこともなく、
いつも陰からそっと見つめるだけだった女の子。
彼女が美しく成熟した女性となり、後部座席に座っている。
綾瀬は十数年振りに震える胸を押さえながら、
ぽつりぽつりと故郷の話をはじめた。
思いがけない話題に彼女の声は弾む。
「実は僕―あなたと同級生なんですよ。」
興奮した綾瀬は思わず口走った。
が、口をきいたこともなく
地味な存在だった自分を覚えているはずなどない。
とその矢先、彼女はにっこりと微笑んだ。
「3組の綾瀬君でしょう?覚えてるよ。」
予想外の彼女の言葉に、綾瀬の頭は真っ白になる。
興奮でうわずる声を懸命に抑えながら、綾瀬はとめどなく話しつづけた。
どれほどの時間が経ったのか、
ふと気がつくと料金メーターが驚異的に跳ね上がっていた。
我に返った綾瀬は慌てて車を停め、後ろを振り返る。
「・・・どこまで行くの?」
彼女はうっすらと笑みをたたえて、
そっと答えた。
「・・・どこまでも。遠くまで連れて行って。」
怪しげに漂う視線の先には、真っ黒な海が広がっていた―