観劇ディスカッションブログ

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観劇ディスカッションツアーレポート

2011.06.24 Friday | 第4回

今回のディスカッションで強く感じたのは、言語化するということの意義です。
以前より、言語化することが苦手だった僕は、寧ろ言語化を必要としない創作の方法がないものかと考えてました。しかしながら、演出家がdirector(=方向付けをする人)であるなら、OKとNGを明確に判断しなければなりません。言語化する、ということはその境界線を引くことです。言ってしまえば基本中の基本かもしれませんが、そのことを初めて強く認識した気がします。

思えば、参加した4名も、観劇した4本も、それぞれ違う演劇感を持っていました。そのことで、自分にとって何がアリで何がナシなのか、ということをより深く考えることが出来たと思います。恐らく、そうした経験の積み重ねが、自分の演劇の輪郭をはっきりと浮かび上がらせてくれるのだろうと思います。

そうした経験から今回確認できた、自分の演劇間の基礎となりうる考えは、観客をどのようなものとして捉えるか、ということです。演劇の構成要素を突き詰めていくと、作品と観客の2者がいれば演劇が成立しうると思いますが、だとすれば、その2者の間にどのような関係性を創るか、ということが創作の出発点となるであろう、ということです。

このことを強く感じたのは、二騎の会「四番倉庫」の観劇後のディスカッションです。
この公演では、感想に意見が分かれ(僕はとても面白いと感じたのですが)、僕がどの部分を演劇的に面白く感じたのかを説明している時に、この作品が、観客を作品の中にうまく取り込んでいるように感じたからだ、ということに気付きました。
この作品は、簡単に言うと倉庫の中から動けない人たちの物語ですが、開演中も客席の明かりが点いたままだったり、俳優の出入り口も劇場の出入り口だったり、観客もまた、簡単にはその倉庫から出て行けないように心理的な縛りを創られていました。さらには、舞台上に干渉しないという「演劇」の暗黙の了解が、何も出来ない人たちを、何も出来ない人たちが眺めているという面白い構図を創り、観客のもどかしさをいっそう引き立てていたように思います。
このように、舞台と観客との間にどのような関係性を作り、どのように作品に取り込んでいくか、ということを出発点においた作品作りをしたい、という考えが明確になったことは非常に大きな収穫でした。

この経験を活かせるかどうかは自分しだいではありますが、観劇した作品の創作者、またふらっとアゴラに尋ねてきた演劇関係者の皆様、そしてもちろん他の3人の参加者と知り合えたこと、そして演劇について語り合えた3日間は今後の活動の大きなモチベーションとなることと思います。

渡部の次回作にご期待ください。
渡部光泰(第4回) | comments (3664) | trackbacks (0)